抄録:
Thomas Hardy は作品中、メタファーや枠組みとしてキリストの教えや聖書を用いた。これはHardy がキリスト教的倫理観を小説の中に持ちこもうとした結果ではなく、逆説的にキリスト教がその出発点として持っていたような破壊的な力を小説において用いようとした結果と考えられる。キリスト教が支配する硬直した社会の中、普遍宗教としてのキリスト教、制度化される以前のキリスト教のメタファーを用いることで、現代における人間性の復権、根源的宗教性の復活を示すことがHardy の意図であった。本稿はTess of the D’Urbervilles(1891)のTess に注目し、副題‘A Pure Woman’ にHardy が込めた、Tess という試金石を投じることで、目に見えないルールとして潜勢する社会コードを顕在化させる意図を検証する。そしてキリスト教の道徳が制度となり硬直状態に陥った社会で、結果的に社会のコードを破ってみせるTess のトリックスター性のなかに、普遍的な愛の在り方を行為の実践で説いた律法の破壊者としてのキリストの姿を見出し、さらに普遍宗教としてのキリスト教的精神とTess の位置関係の中で、イノセンスを逆説的に解釈することを目的とする。