抄録:
本稿は、日本と中国の辞賦文学研究、とりわけ21 世紀以降の状況について、その差違を幾つかの観点より概観したものである。というのも、筆者は大学院進学より中国に固有の長篇の韻文形式である「辞賦」に関する研究に従事してきたが、その当初はこれを研究対象とした学会発表や論文を見かけることがさほど多くなかった。そのために、日本の辞賦研究は長く停滞期にあったと認識していたが、それが中国では当てはまらないということを、2011 年から2013 年に中国の清華大学へ留学したのを機に気付かされたのである。留学中には中国国内で開催された『文選』と「辞賦」に関する国際学会に参加する機会を得たが、本稿が主な対象とする辞賦については、第九届国際辞賦学学術研討会で日本の研究状況との違いを痛感させられた。これは第十二・十三届と回を重ねる毎により明瞭なものとなった。その違いを端的に示すならば、次のように言うことができよう。すなわち、日本では六朝時代以前の辞賦のみが主な研究対象と看做されるのに対し、中国においては唐宋より民国時期に至るまでが幅広く対象とされているのである。
日本の学界は、王国維が提唱するところの「一代有一代之文学」に同じく、楚辞・漢賦・六朝駢文・唐詩・宋詞・元曲などが各時代の研究対象として捉えられ、とりわけ唐詩に対する研究を中心に進められてきたと理解してよい。そのため、六朝以前の辞賦は深く注視される一方で、唐宋以後の辞賦研究は等閑視されてきたのである。
では、このような日本と中国における辞賦の研究状況の差違は、より具体的にはどのような点に求めることができようか。筆者は試みに以下の観点、すなわち「通史と断代」、「広汎と狭小」、「辞と賦」、「整理と未整理」などから分析してみたいと考えている。これらの比較を通じて、まずは各国の辞賦研究状況が備える特徴が理解できるのではなかろうか。
なお、21 世紀以降の研究状況を主な比較対象とすることから、近年の研究成果を提示する必要性も生じてくる。そのため、今世紀以降の日中両国の研究動向の紹介や辞賦研究史の概観といった側面も、本稿には自ずと付与されることになろう。