抄録:
この論文は,Akerlof=Kranton(2010)によるアイデンティティが行動規範形成に占める重要性の指摘と,Akerlof=Shiller(2009)による貨幣錯覚による名目価格重視の必要性の指摘とを統合した行動モデル構築の可能性を検討するものである.彼らの指摘の主要なものは,社会的属性(アイデンティティ)が消費行動等を規定する規範形成という側面を持つこと,職業選択等によってアイデンティティもある程度は選択可能であること,規範からの逸脱等の不効用を補うための代償行為があること,職業選択や消費行動において名目価格や名目賃金率が相対価格や実質賃金率以上に重視されているということ,の4点である.これらは,行動経済学における代表性ヒューリスティック等との現象と密接に関係するものである.しかし,プロスペクト理論をはじめとして非期待効用理論でも,効用最大化を前提にする限り貨幣錯覚は生じ得ない.そのため,効用最大化とは異なる行動規範が要求されることになる.