抄録:
鄭(2015)ではLilienfeld-Toal and Ruenzi(2014)を参考とし、経営者の持株比率と株式リターンのパフォーマンスについて検証を行っている。所有と経営の分離の度合いは、企業価値へ影響を与えうるエージェンシー問題の根源である。経営者の自社株式の持株比率が所有と経営の分離の度合いの物差しとすれば、経営者の持株比率と(株式リターンを代理変数とした)企業のパフォーマンスの間には統計的に有意な関係があるだろうという問題意識が鄭(2015)のベースとなっている。鄭(2015)は経営者の持株比率と企業のパフォーマンスの関係を見る際に、両者の関係について実証分析を行っている先行研究(代表的なものとしてMorck et al. 1988)の結果を参考にし、次のような仮定の下でサンプルを三つに分けて分析を行っている。それは、経営者の持株比率が中間(intermediary)の領域に存在する企業においては経営者の自社株式所有が経
営者自身の私的利益を追求する負の効果(エントレンチメント効果)を、そして経営者の持株比率が上位または下位に存在する企業においては正の効果(インセンティブ効果2))を見せているというものである。鄭(2015)では、このような先行研究の結果を踏まえ、経営者の持株比率の値でグループを上・中・下に分け、グループ間の財務指標および株式リターンパフォーマンスの比較を行った。その結果、持株比率の高いグループである上・グループは下・グループを(利益指標や株式リターンの指標において)アウトパフォーマンスしている、経営者の株式保有の持つ「インセンティブ効果」が確認された。しかし先行研究の結果から想定される、中間領域の企業における「エントレンチメント効果」を示唆するような結果は見られなかった。ただ、鄭(2015)では企業パフォーマンスの代理変数として先行研究のそれ(トービンのQ)とは異なって株式リターンを用いており、先行研究の結果と単純な比較はできない。また、鄭(2015)では経営者の持株比率と株式リターンのパフォーマンスの関係についてフォーカスを当てており、インセンティブ効果やエントレンチメント効果が発現する経営者の持株比率の範囲に関しては(後術する)先行研究のような分析は実施しておらず、単純にグループを3つに分け、それぞれのグループのパフォーマンスの比較を行っている。そこで本稿では、先行研究と同様な方法で企業パフォーマンスと経営者の持株比率の関係について調べ、日本の企業においても先行研究の結果と同様にエントレンチメント効果が発現しているかどうかについて注目する。そのため、鄭(2015)で使用したサンプルを用いて再度検証を行い、前述の疑問にチャレンジする。本研究の目的はここにある。本稿の構成は次のとおりである。2節で関連先行研究を概観し、3節では使用データ及び分析で用いる変数の定義を行い、4節では分析結果を示し、最後に5節では全体のまとめを行う。