抄録:
市町村や都道府県などの自治体が提起する訴えには様々のものがあるが、これを自治体が自治体を相手に提起する訴えに限ると、訴訟形態としては、民事訴訟(通常の民事訴訟と国家賠償請求)と行政事件訴訟(取消訴訟、当事者訴訟)を考えることができる。ただし、裁判所法3条の「法律上の争訟」との関係で、現在の最高裁判例によれば、①公権力の主体として提起する訴え、②私人と同じ立場すなわち財産権の主体として提起する訴えの二つが区別され、前者は「法律上の争訟」に含まれず、法律で個別的に認められない限り訴訟と認められない、とされる。本稿では、前者に属する訴えである、自治体が提起する境界の訴えに焦点を当てて、その訴えの性格やそれに関する学説、その訴えに類似する自治体間訴訟などを歴史的に検討するものである。というのは、第一に、この訴えがそれほど検討されていないこと、第二に、それが原因なのか、近年の判例や論文などで、自治体の提起する境界に関する訴えを機関訴訟や客観訴訟として位置付けるものが多数を占め、私の意見と異にすると考えるからである。例えば、住基ネット訴訟に対する東京地裁平成18年3月24日判決は次のように述べている。「市町村の境界画定の訴え(地方自治法9条9項)は、地方公共団体が行政権の主体として提起する訴えであり、課税権の帰属等に関する訴え(地方税法8条10項等)及び住民の住所の認定に関する訴え(住基法33条4項)は、地方公共団体の長が行政権の主体として提起する訴えであり、これらは、いずれにし
ても「法律上の争訟」に当たらないものの、裁判所が審判することできるものであって、一般に機関訴訟の一例と解されている。」と。判決文にいう9条9項の境界画定の訴えは、私見によれば当事者訴訟である。また、学説では、境界紛争について知事の裁定や決定について、市町村が提起する訴えを機関訴訟とする学説が多くなっている。私見は裁定や決定を不服として市町村が提起する境界の訴えを抗告訴訟と解する点で意見を異にする。本稿は、第一に、市町村が提起する境界に関する訴えについて、その制度が発足した明治21年の市制、町村制から地方自治法の制定、改正など現在の制度に至る、法制度の変化、それに対する学説、判例などを検討し、市町村が提起する境界に関する訴えの性質や意義などを検討する。第二に、その場合、学説において、市町村の提起する訴えを当事者訴訟と位置付けることがなされているが、そのことにも言及する。なお、境界に関する訴えについて、境界を画する基準について実務や判例を分析するとか、境界についての判例の傾向を分析するとか、ということも検討すべき課題であると考えるが、それは本稿の目的とするところではない。さらに、市町村が提起する境界に関する訴えの性質について、本稿では、それが当事者訴訟又は抗告訴訟なのか、機関訴訟なのかを問題とするが、当事者訴訟とした場合、確認訴訟か形成訴訟のどちらかがさらに問題となる。この問題
についても、考察の対象としない。