抄録:
本稿は、2009年8月25日に韓国釜山市にある東亜大学校法学専門大学院において行われた「韓日民法国際シンポジウム ロー・スクール制度下における民法の教授法」( Korea-Japan Civil Law International Symposium :Teaching Methodology of Civil Law under Law School System)の報告原稿に加筆したものである。このシンポジウムは、ロー・スクールにおける民法教育のありかたについて日韓双方で検討しようとする企画であり、今回は、法学分野で東亜大学と友好協定を締結している立命館大学と西南学院大学から、それぞれ、二宮周平教授と私が招かれて、実際に自分達の授業で使用したレジメ等を示しながら報告を行い、それを踏まえて質疑応答が行なわれた。周知のように、韓国では本年(2009年)3月からわが国の法科大学院に相当する法学専門大学院が発足し、本格的な教育がスタートしたばかりである。今回のシンポジウムにおいては、実際に学生を受けいれ授業を担当してみて遭遇した様々な問題点について、日本の経験から参考になる情報を得ようとする東亜大学校側の熱意が強く感じられた。韓国の法学専門大学院は、開設認可の段階で数が絞られ(全国で25校)、学生数にも上限があって(一校で最大150名)、その結果、修了生の数が1年間に約2000名であるのに対して、司法試験の合格者数を年間約1500名に増やすとされているから、学生数の過剰や司法試験合格率の低さに直面して大半の法科大学院が四苦八苦している日本の現状から見ると、恵まれた環境でスタートを切ったということができるであろう。しかし、東亜大学校の先生方のお話では、司法試験の合格者数が予定通り増加されるか否かは予断を許さない状況にあり、司法試験でどのような実績をあげるかは各法学専門大学院にとってやはり切実な問題だということであった。私の報告の中では、西南学院大学法科大学院における民法教育にとどまらず、日本の法科大学院教育全般について、理念と現状との関係や直面している様々な問題点にも言及した。また、本稿では、その部分と関連して、近年各方面からなされている、修了者のみならず司法修習生並びに新法曹は基本的な知識や法的思考能力が不十分であるという指摘についての考察を、新たに末尾に付け加えた(六 法律基本科目教育のあり方について)。本稿のタイトルが「西南学院大学法科大学院における民法教育と法科大学院教育の課題」という複合的なものになっているのはそのためである。上記のような指摘が事実であるとすれば、その主要な原因が「数」にあることは否定できない。しかし、問題はそれに尽きるわけではなく、むしろ、従来の法科大学院教育の基本方針自体にその原因が内在しているのではないか。司法試験の内容も含めて、わが国の法曹養成教育にとって本当に必要なもの、尊重されるべきものが見失われて、「実務との架橋」とか「知識よりも考え方」という標語の下に、当面の問題処理に偏った教育がなされているのではないか、というのが私の問題意識である。十分な調査・検討を経ていない未熟な論稿であるが、実際に法科大学院で授業を担当してきた者の一人として、法曹養成制度をより充実するためのひとつの問題提起になればと考え、国際交流事業の報告を兼ねて、本誌に公表する次第である。