抄録:
本稿の目的は,JCO臨界事故発生時の状況と事故による社会的影響を記述することにある。JCO臨界事故は,広範囲の人々に対して長期的な影響を与えた日本の原子力開発史上最悪の事故であった。事故は1999年9月30日に発生した。臨界は19時間以上継続し,事故発生時の作業者のみならず臨界終息作業に従事した株式会社ジェー・シー・オー(以下,JCO)の職員や防災業務を担当した者,周辺住民など多くの人が被爆する事態になった。とりわけ,事故発生時の作業者3名のうちの2名は,大量の放射能を浴びたために死亡した。彼らは日本の原子力開発史上初めての放射線被曝による死亡者になった。また,事故直後の時点で身体に異状が現れなかった被爆者も,いつ現れるかもしれない晩発障害の恐怖を抱きながら日々生活することになった。事故は,被爆しなかった者に対しても様々な影響を与えた。事故発生現場であるJCO東海事業所の転換試験棟の周辺住民には,避難要請あるいは屋内退避要請が出された。また,事故後の長期にわたって風評被害が起こった。風評被害は,農畜水産業のみならず,商工業や観光産業など多様な産業に及んだ。JCO臨界事故は,日本国内のみならず世界各国で大きく取り上げられた。世界のなかで唯一の被爆国であり,原子力安全に対する高い信頼性を維持していると考えられていた日本で事故が発生したことに世界各国が衝撃を受けた。各国の報道機関の多くは,トップ級の扱いでJCO臨界事故を報道した。本稿では,JCO臨界事故によって広範囲かつ長期的に波及することになった様々な社会的影響について,関連する行為主体の視点を交えながら具体的に記述する。第1節では,JCO臨界事故発生時の状況と臨界継続の状況について記述する。第2節では,臨界事故による様々な社会的影響について,JCO組織内とJCO組織外(周辺地域)に分けて記述する。第3節では,JCO臨界事故の重大度に関する評価と事故に対する世界各国の反応,JCOに対する処罰について記述する。