抄録:
情報の非対称性の問題の内生的解消可能性を主張するシグナリング理論は,必ずしも市場の需給均衡を保証するものではない.実際に,シグナリングが機能した結果,社会問題になるような不均衡現象が発生しているケースがある.その1つが,過剰教育(over-education)の問題である.経済的観点から検討すべき過剰教育問題とは,高学歴を獲得してもそれにふさわしい職業に就くことができず,教育コストの回収あるいは返済が困難になってしまうという現象を指す.それは,有能な労働力が有効に活用されず,社会的損失をもたらすものである.同時に,労働市場におけるシグナルとしての高学歴が,学部卒業レベルの国と大学院修士修了レベルの国とが混在するという現象も存在する.この論文は,過剰教育問題の発生要因を企業側の採用条件に職務適性以外の組織文化への適合性等の条件が加わることにあるという観点から,これらの状況を説明できる理論モデルを提示する.そして,過剰教育が存在する状況で経済厚生を改善する手段を提言するものである.ただし,就業に失敗した場合における救済手段の存在はモラルハザードをもたらす危険性をともなうため,その解消手段についても検討がなされる.