抄録:
保険経営をめぐりERM(Enterprise Risk Management)経営が注目されてきた。そのことを象徴するように、今年に入ってERM経営研究会[2015]、米山=酒井[2015] のような、事例紹介を含む優れた保険ERMについての文献も登場している。これは、金融危機対応として各種規制が整備されてくる中で求められてきたERMが、普遍性を持った次世代を担う経営戦略ないしは経営そのものと位置づけられてきたからであろう。今日ではリスクを経営するという面が重要で、その文脈からはERM経営が考察される必要があり(ERM経営研究会[2015]pp.2-3)、典型的なERM経営というものが存在するのではなく、ERM経営は企業の数だけある(米山=酒井[2015]p.2)ともされる。これらの見解は、金融危機対応のような負の側面を重視した消極的なリスクマネジメントの捉え方ではなく、正の側面も重視して企業価値最大化を目指す積極的な捉え方であろう。小川[2015] も保険会社のリスクマネジメントを考察したもので、業種別リスクマネジメントという次元で把握できる保険会社のリスクマネジメントの枠組みを提示した。保険会社のリスクマネジメントはもちろん個々の保険会社により主体的に、積極的に展開されているのであるが、それを大きく規定するものとして業種別リスクマネジメントいう次元で把握することができるリスクマネジメントが求められるという点を重視した。本稿は、保険会社のリスクマネジメントがERMとして求められているとする点で、ERM経営研究会[2015]、米山=酒井[2015]と同じ認識であるが、業種別リスクマネジメントとして把握できるリスクマネジメントを土台として展開されていると考える。そこで、小川[2015]の振り返りという側面を持つが、保険会社のリスクマネジメントの枠組みとして業種別リスクマネジメントを提示し、それを「ORSAを含むERM」とする。小川[2015]でも同様な指摘をしているが、やや不鮮明であったので、本稿でこの点を明確にする。また、それが保険会社各社にどのように実践されているかを各社のディスクロージャー資料を使って分析する。ディスクロージャー資料では深い分析はできないであろうが、生命保険会社、損害保険会社全社の分析を行うことで、ERMの実態を垣間見ることはできよう。本稿の理論的な枠組みを示した上で、その実践として保険会社への業種別リスクマネジメントの反映、個社のリスクマネジメントの展開の実態を分析する。