抄録:
日本の労働市場において,非正規労働者の割合が高まってきていることが指摘されている。こうした非正規労働者の割合は,若年層に絞るとさらに高まるといわれている。これら非正規労働者のなかでも,派遣労働者はその多くが登録型派遣といって,ふだんは派遣元事業者に登録のみをしておき,派遣先事業者において仕事の得られたときだけ労働契約が結ばれることから,より一層不安定な状況におかれているといえよう。そもそも派遣労働は,1985年に労働者派遣法が制定された時点では特定の専門的な業務においてのみ認められることになっていた。しかし,1999年の法改正によって,それまで派遣労働を活用してもかまわない業務だけが明示されていたのが,派遣労働を活用してはいけない業務だけが明示されるという形に変更され,その業務の幅が一気に広がった(ポジティブ・リストからネガティブ・リストへの変更)。そして,その後も何度かに渡る規制緩和を経て,日本の労働市場においてすっかりなじみのある働き方となった。「リーマン・ショック」に端を発した世界不況によって,日本社会においてはいわゆる「派遣切り」が横行し,社宅などを追われた元派遣労働者たちの支援のために年末年始に数多くの労働組合のメンバーや弁護士,ボランティアたちが東京都の日比谷公園で派遣村の取り組みを行ったのは2008年末から2009年の年始のことである。この派遣労働のなかでも,もっとも不安定であるとみられるのは,雇用を一日一日区切って行う日雇派遣労働であり,こうした派遣労働の活用の仕方がなされていることが社会的に認知されるようになったのもこのころであった。ただし,日雇派遣労働は,その働き方があまりに不安定であるとの批判を受けて,民主党政権時代の2012年にいったん原則禁止が決定されていた。しかし,改正法施行前には例外規定が盛り込まれ,改正法施行後は日雇派遣労働における原則禁止の規制を緩和しようとする議論が政府の審議会などにおいて精
力的に続けられている。しかし,日雇派遣労働という働き方が社会的に認知されるようになってま
10年経つか経たないかという現在では,こうした働き方に関する研究蓄積も十分ではない。そのため,日雇派遣労働の是非をめぐっての議論はほとんどの場合,経済団体が賛成の意向を示すのに対して,労働組合や弁護士団体が反対の意向を示すことが一般的であり,それらの議論も両者の主張を吟味したうえで十分に深められているようには思われない。ところで,かつての日本社会には日雇という雇用形態で働く労働者が広範に存在しており,それら日雇労働者に関しては膨大な研究が蓄積されている。これらの日雇労働は雇用者から直接に雇用されていたという点では日雇派遣労働とは異なるが,日々雇用であるという点で日雇派遣労働者と重なり合うところが大きい。本稿の目的は,既存の日雇労働者に関する研究に焦点をあて,そこから日雇という働き方の特徴を明らかにし,今後の日雇派遣労働の在り方についての示唆を得ることである。本稿では,まず,「日雇」の定義や日雇派遣労働の規制緩和の是非を巡る議論を紹介したうえで,本稿における課題を明らかにする(第1節)。次に,既存の日雇労働研究から日雇労働の実態や政策的課題を抽出する(第2節)。最後,前節で得られた日雇という働き方の特徴や政策的課題を踏まえ,日雇派遣労働における原則禁止の是非をめぐって示唆されることを整理し,今後の日雇派遣労働に関する議論の方向性についての検討を行いたい(第3節)。