Abstract:
先の稿で明らかにしたように,欧州理事会は,「安定・成長協定(SGP)」を様々なねらいの下に改訂した。その1つの大きなねらいが,従来不十分とみなされてきた,成長の重視と,景気の非対称的ショックの回避であった。そして,そうした目標を達成するための1つの条件として,それまでの財政規律に,構造的赤字の制限を加えたのである。構造的赤字の概念は,後に詳しく論じるように,もともと,購買力平価などの概念と同じく,あくまでも理論的に想定されたものであり,そこには不確定要素が含まれている。それにも拘らず,欧州が,そのような新しい赤字を政策決定の判断基準として設定したのは,かれらが,安定と成長の両者を同時に推進させる必要がある,という思いをそれだけ募らせていたからに他ならない。それでは,構造的赤字なるものは,世界中で共通の認識の下に成立され,また測定されているか,と言えば決してそうではない。国際機関で公表された,赤字の推定値の信憑性は確定できないのが現状である。また,理論的に見ても,構造的赤字の抱える問題点が氷解されているわけでもない。そうした中で,欧州は,2011年末に発表した新財政協定においても,1つの中核的な分析概念として,構造的赤字の概念を導入した。それは,成長協定を新たに謳うことなく,マクロ経済の安定と経済成長の両立を図る上で,構造的赤字が実に都合のよい概念として,かれらの眼に映ったからである。そこで本稿では,構造的赤字は一体,理論的にいかなる内容を表し,また,それがどのような問題を内包するものであるかを検討しながら,新財政協定の持つ意味を考えることにしたい。それによって,欧州が,対称的であれ非対称的であれ,景気変動によるショックを真に吸収するためには何が必要とされるかを考察すること,それが本稿の目的である。