Abstract:
定年により約40年間にわたる裁判官生活に区切りをつけ,本法科大学院に籍を置かせていただいてから早くも新しい年を迎えようとしている。ある程度覚悟はしていたが,実務家としての経験がそのまま教員として役に立つというほど甘くはなく,基礎的な勉強を一からやり直さなければならない始末であった。ただ,幸いなことに私が単独で授業を持つということはなく,どの科目でも研究者教員の方々(紺谷浩司,沢野直紀,多田利隆,和田安夫の各先生)と共同で担当する体制を組んでいただいたため,本当に救われた。心から感謝を申し上げる次第である。中でも,私の主たる担当分野である民事手続法を専門とされる紺谷先生には,その深い学識とお優しい穏やかなお人柄とにより親身のご指導をいただいた。新米教員の私としてはどんなに心強く,有難かったことか。本年の民訴学会における鶴田滋九州大学准教授の研究発表に対する感想と私見を本誌前号に発表する機会を与えていただいたのも紺谷先生のお力添えによるものであった。ところが,その紺谷先生が来春には本法科大学院を去られるという。定めとはいえ大変寂しいことである。そして,そのご退職を記念して,本誌の特別号が発刊されるということなので,私も先生のご恩に報いるべく何か寄稿したい,いや是非そうしなければならないと思い決めたのではあるが,何分にも毎日を追われるようにして過ごしている有様なので,その余力がない。そんなときに窮余の策として思い付いたのが,裁判官時代に作成し,未発表のままになっている論稿(旧稿)のことであった。これに手を加えて寄稿すれば,かろうじて責は果たせるのではないか,そんな考えで早速その作業に着手してみたのであるが,なにしろ旧稿はかなり以前のものである(平成3年中には脱稿していた)ため,今日の学説判例を踏まえた新しい装いのものに改訂するには,資料を差し替えたりするだけでも大変な時間と労力を要するということをすぐに思い知らされた。それに,改めて読み返してみて,あの多忙な裁判官時代によくもこの難テーマに取り組む意欲を持ったものだと半ば驚き呆れるとともに,とにもかくにもこれだけの分析をやり遂げた自分を褒めてやりたい気がした。そうなると,旧稿に手を加えること自体が忍び難い思いにもなった。そんなわけで,いささか気は引けるが,旧稿は若干の手直しをするだけで基本的にそのまま維持し,それとは別に,その後の判例学説を概観したものを「補論」として付け加えるという形をとらせていただくことにした。紺谷先生には申し訳ない次第であるが,お赦しいただきたい。