Abstract:
近年行動経済学の知見に関する解説書の出版は盛んになったが,その成果を実際の経済問題へ応用して政策提言する研究は極めて少ないと言わざるを得ない。その原因は,おおよそ2点に絞られるであろう.1つめは,行動経済学的意思決定理論のモデル化が難しいという点である.2つめは,スタンダードな効用理論あるいは期待効用理論から導出される需要関数とは本質的に異なるものが導出可能かという問題である.つまり,右下がりの需要曲線が導出される結果に違いはないのではないか,ということである。しかも,従来の合理的行動を否定してしまうと,消費者余剰という概念を用いることができるか,という相当に重大な問題が発生してしまう.その問題点に関し,この論考では,行動経済学的意思決定を前提にしても,余剰分析のうち少なくとも死荷重が小さい方が望ましいと評価されるという性質は利用可能であるとの主張が展開される.その意味で,行動経済学の応用可能性も余剰分析の利用可能性も維持されるのである.