Abstract:
16世紀前半におけるシエナ絵画の立役者,ドメニコ・ベッカフーミ(1486-1551年)による《シエナの聖女カテリーナの聖痕拝受》(1514-15年頃,シエナ,国立絵画館,図1)は,初期の真筆として高く評価され,従来とりわけ様式的な観点から詳細に論じられてきた作品である(1)。他方,その図像学的な諸側面についても,近年パイク=ゴードリーが綿密な分析を行なっている(2)。本論は,こうした先行研究を踏まえながらも,とりわけパイク=ゴードリーの図像分析において十分に説明されていない2つのモチーフに着目しつつ,本図の形象的・構造的な特異性についての省察を目指すものである。画面中で大きな面積を占めつつ,純粋にイコノグラフィ的な解釈を拒む2つの要素とは,前・中景を飾る遠近法的な舗床装飾,および後景に広がる光に満ちた空である。幾何学的なパターンあるいは純粋な色面に還元された,ほとんど非具象的とさえ言えるこれらのモチーフは,管見によれば,作品のメインテーマである幻視経験を表象するにあたってきわめて重要な役割を果たしている。さらに,結論を先取りして言えば,これらの要素は,絵を前にした観者=礼拝者に強く働きかけ,そのまなざしを誘導する機能をも担っていると考えられる。それゆえここでは,これまで等閑に付されてきた,本図の受容の場における観者の関与性という問題についても,若干の考察を行ないたい。