Abstract:
本稿はトリニダードからイングランドへ移住したSam Selvon(1923-94)の作品の中から、Moses Aloetta を主人公とするThe Lonely Londoners(1956)、Moses Ascending(1975)、Moses Migrating(1983)の「Moses 三部作」を選び、1950 年前後に移住したいわゆる「ウィンドラッシュ世代」(Windrush Generation)が直面した差別や偏見、そして価値観の変遷を考察するものである。彼らのような移民は<白人と黒人>という西洋的な価値観の犠牲になることが多く、日常生活や就職において差別や偏見から逃れられなかった。だがこの二項対立はThe Lonely Londoners からMoses Ascending にかけて変化し、後者の作品ではコミュニティにおける対立の構造が人種、民族、世代にもおよんで複雑化している。Moses Migrating では人々の価値観がさらに多様化し、Moses がロンドンから故郷のトリニダードに持ち帰った価値観は彼らの価値観とことごとく合わない。本稿では二転三転する<白人と黒人>の権力構造、「イングリッシュネス」の追求と肩透かし、そして過去との断絶や過去を書き残す作業などについても触れながら、「Moses 三部作」を考察していく。