抄録:
国の財政状況の悪化や少子高齢化などによって,わが国の地方財政は今後より一層厳しい状況に直面することが予想され,効率的な財政運営が求められる。とりわけ,基礎的自治体である市町村については,Oates(1972)の地方分権定理が教えるように,一般的には住民のニーズを知る上で有利な立場にあると考えられることから,効率的な公共サービスの提供が強く期待されることになろう。地方財政論の分野では,地方公共サービスの資本化(Capitalization)は従来から重要なテーマになってきた。資本化仮説とは,地方公共サービスの便益や地方税負担が,当該地域の地価(もしくは地代など)に反映されるとするもので,古くから,Tiebout(1956)の「足による投票」の検証や地方公共サービスの効率性の評価などに多く用いられている。わが国でも,社会資本の効率性について分析したものは多く,田中(1999)や三井・林(2001),林(2003),
赤木(2004),近年の研究としては,中村・中東(2013)などがあげられる。ただし,これらの多くの研究はデータによる制約から,都道府県単位の分析となっており,地方自治体が供給する公共資本・サービスが地価に影響するかについては十分に分析されていない。これに対して,近藤(2008),(2009)では,都市もしくは市町村単位で,地方財政の資本化について検証しており,地方自治体の公共サービスや税負担,財政移転などが地価に反映している可能性を指摘した。しかしながら,市町村レベルでは,公共資本のストックデータを得ることが困難であるために,主に財政支出を中心としたフローの指標を用いた分析に留まっている。一方,総務省は個別自治体の財政の把握と政策評価を目的として,企業会計的手法を取り入れた財務書類の作成を促すべく,2006年に「新地方公会計制度研究会」を立ち上げ,当研究会報告書で提示された2つのモデル(地方公共団体財務書類作成にかかる基準モデル=「基準モデル」と,総務省方式改訂モデル=「改訂モデル」)に基づく財務書類の作成と公表を各自治体に要請してきた。この結果,2012(平成24)年度決算に係る財務書類を作成する団体(作成済み・作成中含む)は,都道府県の100%,市区町村の96.7%にも達しており,かつ,作成済みの自治体の過半数が「改訂モデル」を採用している。「改訂モデル」は,従来の自治体の決算統計をベースにして,財務書類を作成するもので,導入段階では特に資産の数値については,概数にならざるを得ないという限界を抱えているとされる(大塚2014)が,貸借対照表では,自治体が所有する公共資本に相当する有形固定資産について,分野別の評価額を得ることができる。