抄録:
社会保障制度は、元々貧困の予防と救済を目的に創設された制度である。その始まりは15世紀以降のイギリスで行われていた救貧活動である。当時のイギリスでは、エンクロージャーによる囲い込み政策によって土地を失った多くの農民が都市部へと流れた。この急速な都市部への人口流入は、多くの貧困層を生む要因となり、こうした状況を救済するために、教会や修道院が行っていた救済活動を当時の行政が統合し、そこで成立した救済政策が救貧法である。この救貧法の大きな特徴としては、その財源を税によって賄い救済資金としていた点である。これは当
時としては画期的ともいえるシステムであった。救貧法から現代の社会保障制度の成立において、その要因を見ると、そこには共通した出来事がある。それは、産業発展に伴う経済状況の変化である。産業発展による市場拡大は、その国の経済発展を促した一方で、多くの貧困者の増加を招いた。つまり、経済発展が貧困を招く要因となったのである。また、産業構造と経済発展の変化によって、社会保障制度の概念や理念の在り方も大きく変わることになる。それまで家族や地域で行われていた生活保障や介護においても、家族や地域では保障することができない様々な問題が発生したことで、保障制度を公的機関である国がその責任者として、家族や地域に代わっ
て保障をしていくという現在の社会保障に近いシステムへと変貌していく。つまり、社会保障制度はこのような産業革命による経済発展を追従する形で発展していったのである。そして、現在、社会保障制度は単に貧困の予防や救済を目的とした政策から、より複雑で高品質化した保障を担う制度へ進化し、私たち国民に無くてはならない制度となっている。しかし、現在の社会保障制度は、私たち国民の生活保障を支える重要な制度になっているにも関わらず制度崩壊の危機にある。本稿では、日本を含めた諸外国の中で社会保障制度が、どのような変遷を辿って来たのかを理念や概念の変化と共に見て行く。そして元々、貧困層の救済から始まった活動が、経済の発展と共に増加した都市部の労働者階層に対する貧困化対策へと形を変え、その後、国民の生活保障としての現在の制度へと形成されていくことを明らかにする。これによって、現在に至るまでの社会保障制度は、その時々の経済、社会情勢の変化によって必要となった保障を注ぎ足すような形で制度の中に組み込まれたものであることを明確にし、現在の社会保障制度は経済発展の後追いをする形では対応できないことを示すと共に、将来の社会保障制度のあるべき方向性を示すものである。