抄録:
伝統的保険学の再評価をテーマとした拙著(小川[2008])では、再評価に関わる考察として保険の歴史的考察についても検討し、保険の分類と歴史を結びつけた考察が重要であるとした(同第3章)。そこでの問題意識の一つは、安易な伝統的保険学軽視が、保険史考察の貧困を招いているということであった。本稿で再び保険史を取り上げるのは、この問題意識が依然として払拭できないばかりでなく、わが国経済学教育に持つ危機感から事態は悪化していると思われるからである。経済学教育への危機感とは、大学教育改革の一環として進められた各学問分野における参照基準の作成における経済学分野の議論から感じたものである(小川[2015]pp.273-275)。そこでの危機感は、保険学の動向を考えるときにも共通するものであり、経済学分野における歴史軽視・無視の傾向は保険史について考える際に共有すべきものと考える。それは、経済学の方法や定義の在り方が社会科学全体に決定的な影響を与えているからである。ところで、本学商学部に今年度より新規の科目として「保険史」が設置され、開講された。わが国大学教育において、伝統的な保険科目が削減される傾向にある中で(同pp.203-214)、本学は保険学に関連する科目が、筆者が赴任した時点(2000年4月1日)の通年4単位1科目から、半期2単位4科目・計8単位へと量的に倍増している。これは本学商学部教育の全体的な枠組みの中で、徒に自分の専門領域の拡大・増大を求めた結果ではなく、保険領域の教育を充実させるためになされた改革であり、学部・学科全体のカリキュラム改革にあわせ、バランスにも配慮しながら最適化を追求した結果である。小川[2015]で明らかにしたように、わが国保険学、保険教育の傾向は、わが国教育改革をも飲み込んだ「米国化・金融化」として捉えることができる新自由主義的改革にのり、リスクを重視したアメリカ型「リスクマネジメントと保険」・RMI(Risk Management and Insurance)に傾斜しつつある。さらには、金融化の側面が顕著に出て、保険学のファイナンス論への埋没、大学の保険カリキュラムで言えば、前述のとおり、伝統的な保険科目の著しい減少が生じている。正に、保険学は危機的状況にあるのではないか。したがって、本学における保険に関するカリキュラムは、全国的な危機的状況に逆行することとなる。そのことは、「保険史」の設置に象徴的に現れていよう。そこで、本稿では、伝統的保険学の流れを汲む保険史考察の方法を明らかにすることで、本学の保険教育における全国的な傾向に対する逆行の正当性を明らかにする。