Abstract:
わが国の居住を目的とする借家権に対応するドイツの住居使用賃借権を対象とする比較研究において、筆者は、近時、住居使用賃借権に関するドイツの裁判例を包括的に考察する作業を行っている。すなわち、いずれの法領域も「住居をめぐる所有権と利用権との法的関係の一断面」を表すものと理解したうえで、第一に、住居使用賃借権の存続保護という法領域に関して、賃貸人の「自己必要」を理由とする住居使用賃貸借関係の解約告知に関する裁判例の判断枠組みを考察し、第二に、住居の転貸借という法領域に関して、住居の転貸借をめぐる賃借人による許可の請求と賃貸人による許可の拒絶に関する裁判例の判断枠組みを明らかにした。ドイツ民法典(以下、BGB)の規定に即して、より具体的に、ただし、ごく簡潔に述べると、次のようである。住居に関する使用賃貸借関係の解約告知に関して、BGB五七三条一項一文によると、「賃貸人は、その使用賃貸借関係の終了について、正当な利益を有するときにのみ、解約告知することができる。」。そのうえで、BGB五七三条二項本文および同条同項二号によると、「賃貸人が、自己、その家族構成員、または、その世帯構成員のために、それらの空間を住居として必要とする場合」、「その使用賃貸借関係の終了についての賃貸人の正当な利益は、・・・・存在する」、と規定されている。拙著一においては、BGB五七三条二項二号に関する裁判例、すなわち、賃貸人の「自己必要」を理由とする住居使用賃貸借関係の解約告知に関する裁判例の判断枠組みを考察したのである。他方において、住居の転貸借に関して、まず、使用賃貸借関係一般に適用される規定であるところのBGB五四〇条一項一文によると、「賃借人は、賃貸人の許可なしに、賃借物の使用を第三者に移譲し、特に賃借物をさらに賃貸する権限はない。」。しかし、住居に関する使用賃貸借関係の場合に限られるが、一方において、BGB五五三条一項一文によると、「賃借人のために、賃貸借契約の締結後、住居の一部を第三者の使用に委譲する正当な利益が生じた場合、賃借人は、賃貸人に対して、そのための許可を請求することができる。」、と規定され、他方
において、BGB五五三条一項二文は、同条同項一文にもとづく賃貸人の許可の付与に対する賃借人の請求権が考慮されない場合として、「その第三者に重大な事由が存在する場合、その住居に過度に人員が配置される場合、または、その他の理由から、その委譲が賃貸人に要求されることができない場合」を挙げている。拙著二においては、BGB五五三条一項一文および同条同項二文に関する裁判例、すなわち、住居の転貸借をめぐる賃借人による許可の請求と賃貸人による許可の拒絶に関する裁判例の判断枠組みを明らかにしたのである。以上の拙著一および拙著二における考察に引き続いて、本論文においては、住居に関する使用賃貸借関係の解約告知に関して、住居使用賃貸借関係の終了についての賃貸人の正当な利益として、拙著一で考察したところのBGB五七三条二項二号に規定されている場合に続いて、同条同項三号に規定されている場合、すなわち、「賃貸人が、その使用賃貸借関係の継続によって、その土地・建物の相当な経済的利用について妨げられ、それによって、著しい不利益を被る場合」に関する裁判例と取
り組みたいと考える。相当な経済的利用の妨げを理由とする住居使用賃貸借関係の解約告知に関する裁判例の判断枠組みを考察することが、本論文の課題である。