抄録:
保険加入に関して,加入する際の状態を参照点とする従来の考え方でのプロスペクト理論では,
保険料の支払いと,例え保険によってある程度軽減されたとしても病気や事故で健康や財を損ねている状態は本人にとっては損失となる.そのような場合,人は損失回避性により,損失を確定させるよりもわずかでも損失を回避できる可能性を選ぶため,すべての人が保険に加入しないことを選択してしまう.これではプロスペクト理論で保険加入を説明できないことになる.そこで期待効用理論とFriedman, M. とL. J. Savage の効用関数の応用での保険加入を振り返りながら,保険加入が説明できるプロスペクト理論の応用を模索していく.プロスペクト理論を記述的に理論づけた心理学的実験では現時点からの利得変化の意思決定を主にしていたのに対して,保険加入選択では将来のある時点での利得変化を考える意思決定である.そのためこの論文では,何事もなく過ごせることを人が利得に感じていると捉えるという修正と,参照点を現時点ではなく,将来のある時点での利得の期待値の評価とするという修正をプロスペクト理論に加えることで,保険加入を説明していく.この利得の期待値の評価を参照点としたプロスペクト理論での保険加入分析では,同じ個人であっても,病気や事故など将来に対してのリスクが高いと保険に加入し,低いと保険に加入しないという結論が得られる.このリスクの高低で保険加入の選択が異なるということ
は,期待効用理論の保険加入分析では言及されていないことである.しかし,プロスペクト理論で複数期にわたる意思決定では,単に参照点を期待値として置くだけでは説明が困難になるケースがある.そのため,複数期にわたる意思決定での参照点をどのように考えていくべきかが議論として残る.