抄録:
初心者から熟達者へと至る過程を研究する熟達化研究では,ある時点において初心者である人と熟達者である人を比較する横断研究と,初心者が熟達者になるまで同一の人を追っていく縦断研究との,2種類の研究方法が存在する.横断研究では,初心者と熟達者の違いを明らかにすることはできても,そのように変化していく過程を知ることはできない.どのような要因が影響して,どのようなきっかけで熟達者への変化・成長が生じるのかも明らかにすることができず,熟達支援・教育への示唆が得られにくい.一方,縦断研究では熟達化の過程を捉えることができるが,非常に時間がかかる研究方法であり,また,研究を始める前にどういった切り口で熟達化の様子を検討するのかを適切に設定しておかなければ,長期にわたる研究が無駄になってしまう可能性がある.そういった,横断研究・縦断研究のデメリットを補うために,熟達者へのインタビュー調査が有益であると考えられる.熟達者に対して,初心者の頃からの歩みをふり返る回顧的インタビュー調査をおこなえば,横断研究において明らかにならない熟達化の過程や変化の要因についての考察を補うことができる.また,縦断研究においてどのような切り口で熟達化の過程を捉えるのかを検討する際にも,このようなインタビュー調査は非常に有益であると考えられる.筆者はこれまでに演劇俳優に対する熟達化研究を重ねてきた(e.g., 安藤,2011).しかしそれはすべて横断研究であり,熟達のプロセスや促進要因が明確になるものではない.そこで本研究では,演劇俳優の熟達の過程や,その変化のきっかけとなる要因を明らかにすることを目的として,演劇の長期経験者にインタビュー調査をおこなった.