Browsing by Author "Masatoshi IGUCHI"

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  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2005-02)
    「デモクリトスのことば,〈祝祭のない人生は泊まる宿のない長い道〉」(ストパイオス『精華集』Ⅲ16,22)「神話は,語られた言葉の中に決してそれに相当する客観的対象を見出すことはない。」(ニーチェ『悲劇の誕生』17章)「神話の根源とその根源性は,本質的に,二つの相反した隠喩的カテゴリーによって表出される。それを最も端的な形式で言い表せば:「恐怖〈als Terror〉として,また「詩」〈als Poesie〉として,と言うことになる」(ハ ...
  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2007-02)
    「世界が私の書物である,ただそれは,私がいくら読もうとしても決して十分には読み切れないものです」(隠遁者,聖アントニウスの言葉)「作品存在は,世界が開示され,立てられることである。…芸術は真理の生成と生起である」(M・ハイデガー『芸術作品の根源』
  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2006-05)
    「隠喩」(metaphora)は,非本来的な意味へと適応される語の転用である。たとえば,類から種への,種から類への,ある種から他の種への,あるいはまた,類比に即して〈kata to analogon〉の転用である」(アリストテレス『詩学』1457b 21)「わたしは口を開いて譬を語り,いにしえからの謎を語ろう」(旧約聖書『詩篇』78)「隠喩的なものは,形而上学の内部にのみ存する」(ハイデガー『根拠律』)「隠喩はしたがって,いつもその死を ...
  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2008-09)
    「…人々は,此の世は再びばらばらの原子の粒子に帰ったと感じているのである。総てが粉々の破片となって,あらゆる統一が失われた。総ての公正な相互援助も,総ての相関関係も喪失した。王様も,家臣も,父親も,息子も忘れ去られてしまった」ジョン・ダン「一周忌の歌・此の世の解剖」「ある誰かがやってくる, 私ではない誰かが, そして発言する:“私は絵画における特異な言語〈l’idiome〉に関心がある”…そもそも絵画は一つの「言語」〈langage〉で ...
  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2005-08)
    *「踊りにおいてだけ,至高なるものの比喩を語ることが出来ることを私は知っている,しかし今は,私の最も高貴なる比喩は語られずに,私の身に残り続けている!最高の希望は,語られもせず,救済されることもなく私の中に残存し続けていた!そして,私の青春の面影と慰めの言葉は私にとってすべて死んでしまった。……しかし,墓のあるところに,復活もまたあるのだ」(ニーチェ『ツァラトウストラはかく語りき』第二巻「墓の歌」)*「終末論の世俗化に代わっての終末論に ...
  • 井口 正俊 (西南学院大学学術研究所, 2010-03)
    「…翻訳は原作からの結果である。原作の生というより,それが生き残る生〈Überleben〉の結果である。というのも,翻訳はそもそも原作より遅れるものであり,原作の成立した時代においては選ばれた決定的な翻訳者をそこでは一度も見出すことがなかった重要な作品では,翻訳は,その原作の死後にも残るべき生〈Fortleben〉の段階〈Stadium〉を示しているのである」(W・ベンヤミン『翻訳者の使命』)「翻訳は,実際に可能なのかどうかという,常に ...